私の忘れ得ぬ試合

by 幹事 宮脇一人(三重の駐在員)

思い出の試合ということになると、

2004年12月19日、大学選手権1回戦、熊谷での日本大学戦が、

思い立って新幹線に乗って、学生時代以来の現地応援した試合で

印象には残っているのですが、古すぎて記憶が断片的にしかありません。

三宅監督、猪口キャプテン(怪我のためリザ)、

1年生の主力、SO山田章仁、CTB中浜聡志、FB小田龍司。

慶應は山田がこの日は不発、一方日大はキャプテンのトーエツが強烈、SO松下も巧みで、

慶應は苦戦し、最後は小田のロングPGでかろうじて逆転勝ちしました。

なお、山田は次戦、長居第2の同志社戦では無双でしたが、チームは敗れてシーズン終了となりました。

熊谷での試合後に三宅監督の選手へ人柄が滲み出たやさしい語り掛けの話を聞いていたら

最終バスが行ってしまい、タクシー乗り場は長蛇の列、

帰りの新幹線には間に合わないとあきらめかけたところで、

慶應ファンの男性2名に声を掛けていただき、タクシー乗り合いで熊谷駅に間に合ったことも、

やっぱりラグビーファン、慶應ファンは暖かいと感じることができて思い出深いところです。

いっぽう初めて行った熊谷の風が本当に冷たかったことも思い出です。

最近の試合では、

2015年5月24日、甲府での招待試合の明治戦。

個人的に漸くスマホにしたことで、掲示板にゲームレポートをアップした最初の試合で、

今見ると拙いものですが、思ったよりも反響が大きく、その点で印象に残っています。

また、この代は金沢篤さんが指導者になり、

春のオール戦後の懇親会で真面目かつフランクに話されていたことと、

隣に座ってくれたバイスの徳永がとてもいい奴だったこと、

そして多くの有力な新入生を迎えたことで、少し思い入れのある代でもありました。

スマホに残っていたテキストを載せます。

———-

今日は甲府に来ました。

春の明治戦は、天候が心配されましたが、好天微風の中銀スタジアムで明治ボールでキックオフ。

11分明治、密集での連続反則で下げられ、ラインアウトはスチールしたものの、

タッチキックのミスから再び敵ボールとなり、最後は右に展開されてトライ。ゴール成功。0-7。

その後、慶應は攻めてはミスで戻され、しかし明治にも肝心なところで反則が出て、一進一退の攻防。

38分明治、自陣10m付近でノットロールアウエイの反則から、タッチ、ラインアウトモールから、

一旦スクラムになったものの継続して攻められ、

最後は左サイドで反則からのスクラムをうまく組んだと思われたが、

ナンバーエイトに個人技で破られトライ。ゴール成功。0-14。

前半終了。フォワードはやや劣勢。少し食い込まれています。

慶應が攻め込む場面は少なかった。後半は打開する事を期待。

後半、少し風が出てきて慶應風下、慶應ボールでキックオフ。

11分明治、ハーフウエイでのスクラムターンオーバーの後のラインオフサイドから

タッチキックで入られ、モールは止めたものの、展開後サイドを突かれ、トライ。ゴール成功、0-21。

21分慶應。ようやく継続が継続し、明治反則から南がクイックで前に出て、最後は松

岡がサイドを突いて中央にトライ。青井ゴール成功、7-21。この辺りから明治の運

動量が落ち始めたが、ベンチも見ていて、すかさず複数の選手の入れ替え。

28分慶應。足が止まり始めた明治に対し、縦をついて継続し、ゴール前の連続攻撃か

ら最後は徳永が中央にトライ。青井ゴール成功、14-21。

35分明治。慶應ノットリリースの反則からハーフがクイックでゲインし、3列が繋い

で最後はサポートしたスタンドオフがトライ。ゴール成功、14-28。

最終盤は明治も少し息を吹き返し、慶應を押し込んだところでノーサイド。14-28。

春の対戦は明治の勝利で終わりました。

———-

この代の早慶戦はロスタイムPGで逆転負け、その後に怪我人続出で選手権はグループステージ敗退で終わり、

ファンとしても悔しいシーズンではありましたが、

松井黒黄会会長とお話しする機会があったり、RWC後の慰労会に参加できたりと、

個人的には蹴球部に近づけたと感じられるシーズンでした。